おはようございます。今朝は眠いです。昨日は予定外のことも入って、家に戻ったのは午後11時前でしたからね、ちょっと頑張りすぎだったかも。でも、いい一日でした。長く会えなかった人に会ったり、すばらしい唄と踊りに出合えたりしましたから。
午前は吉川区総合事務所の地区別懇談会が源地区と吉川地区で行われました。このうち、源会場には17人が集まり、「市道大賀貝平線の災害復旧を急いでほしい」「先日の上川谷での交通事故。柏崎へ抜けることができないことを、もっと早くわかるよう、(大島区あたりの道路で)案内看板を出せば事故が起きなかったかも」「吉川区神田町と山方間の県道の草や木が邪魔で、見通しが悪い。県に指摘を」「ケーブルテレビの民間への譲渡はどこまで行ったのか」「災害復旧工事はまったく同じ復旧ではだめ(なこともある)。地元によく要望をきいてほしい」などの要望や意見が出されました。道路関係の要望をききながら思ったのは、職員が地元に熟知することの大切さです。担当職員は頑張っていると聞いていますが、より努力してほしいと思います。
午後は、「甦れ ふる里の心 吉川民謡お披露目発表会」でした。「吉川十三夜」と「上越 吉川ばやし」の唄と踊りが披露されたのです。会場の吉川体育館には約400人の人たちが集まり、とても賑やかなイベントとなりました。
主催者を代表して挨拶した高橋洋一吉川観光協会会長は、「(2つの唄と踊りを見て)言葉にならないうれしさを感じた」と喜びを語りました。高橋会長によると、この企画はこの春亡くなった片桐前会長のときから練っていたもので、何とか吉川を唄と踊りで盛り上げたいと努力してきたとのことです。2つの唄はキングレコードの三橋美智一さん(美智也の一番弟子)が歌っています。これらの唄と踊りの誕生には地元出身の歌手、三島みどりさんの大きな力添えがありました。昨日の会にはこの三島みどりさんも駆け付け、祝いの言葉をのべ、私の好きな「母の雪」などを歌いました。
三島みどりさんはこれらの唄の誕生秘話を語ってくれました。「きょう中には話しきれない」と前置きしたうえで、三島さんは、「4年前に前会長の片桐令司さんと事務局長の内藤さんが入れ替わり、立ち替わり私のところにやってきて、吉川町音頭を再生したいと訴えられた。4年間、ストーカーにあったようだったが、内藤さんの話術に負けた。唄には音がなかった。音があって唄はうたえる。音づくりから始まった。詩は小さい子どもから大人までうたえるものをと考えてもらい、やっと、きょうに辿り着いた」と語りました。
昨日のお披露目会では、三島みどりさんが2曲歌った後、三橋美智一さんが「達者でな」「古城」など懐かしい歌を次々と歌い、三味線と太鼓などを使った、「ジョンガラマンボ」も披露。司会の原純二さんが太鼓をやるとは驚きでした。
2つの唄と踊りは、オープニングとラストで大きな盛り上がりを見せました。三橋美智一さんの迫力満点の唄に乗って、「吉川おどり隊」のメンバーが舞台前で踊りまくりました。浴衣姿の女性陣はきれいな踊りを見せてくれましたね。
夜はスカイトピア遊ランドでご苦労さん会でした。三橋美智一さんはサービス精神が旺盛で、とても楽しい人でした。三味線を持ち、何曲も披露してくれました。ご苦労さん会もお披露目会が続いているような感じで、ずっと興奮状態が続きましたね。
市政レポート1608号、「春よ来い」の第256回、「合いの手」をホームページに掲載しました。ごらんください。
さて、きょうは頭を切り替えて議会です。明日の総務常任委員会の準備をし、時間があれば文教経済常任委員会を傍聴したいと思っています。