新しい年に
紅白の途中からうとうとし、目が覚めたら新しい年になっていました。昨年は豪雪から始まって、地震、原発事故、豪雨と休みなしでした。新年になっての願いは、何よりも災害のない一年となってほしいということです。そして、私の仕事は災害に強いまちづくりであり、市民の命と暮らしを守ることであります。4月には4年に一度の審判もあります。全力で走り抜けたいと思います。
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紅白の途中からうとうとし、目が覚めたら新しい年になっていました。昨年は豪雪から始まって、地震、原発事故、豪雨と休みなしでした。新年になっての願いは、何よりも災害のない一年となってほしいということです。そして、私の仕事は災害に強いまちづくりであり、市民の命と暮らしを守ることであります。4月には4年に一度の審判もあります。全力で走り抜けたいと思います。
元日は恒例となっている町内会の新年会からはじまりました。会館で約1時間、地元の人たちと話をしました。私の隣に座ったのは同い年のSさん、数年前に亡くなったお父さんの実家のことなどで懐かしい思い出話をしました。
私の町内には浄土真宗本願寺派の2つのお寺がありますが、新年会が終了してから、町内の人たちはいっせいにお寺に年始の挨拶に行きます。すでに新年会でお酒をいただいていますので、みんな歩きです。私はわが家に近いお寺を先に訪ね、その後、もうひとつのお寺へ行ってきました。今年は雪が少なく、田んぼ道を歩きました。その時の足跡です。
寺年始を済ませたあと、少しまわり道をしました。お寺で柿のことが話題になったからです。それは私がブログに載せた鈴なりの柿の木でした。先日の雪でも枝は折れず、まだ柿の実をたくさんつけていました。すぐそばには、キクの花もまだ残っていました。天気が良ければ、もう少し良い写真になったのですが、ま、ごらんください。
私のホームページに市政レポート1534号を掲載しました。読んでみてください。
朝から3つの区を駆け巡りました。平場は雪はちらちらでしたが、山間部は本格的な降雪で、その差に驚きました。写真は吉川区坪野での街頭演説の様子です。4年前に着ていたオレンジ色の防寒着と帽子を着用しました。帽子はずっと行方不明だったものですが、昨日、ようやく出てきました。
大島区では従兄の孫にあたる子どもたちと一緒に写真を撮りました。みんな、外で雪遊びをしていてとても楽しそうでした。私も街宣を休んで遊びたくなりました。山間部では、午後から除雪車がフル回転していました。
きょうも一日中、街頭宣伝でした。天候は雪が降ったり、晴れたりを繰り返しました。気まぐれ天気でしたね。宣伝でまわった地域は旧東頸城地域です。晴れた時は、雪のかぶった林や田んぼがキラキラと輝いていて絶景の連続でした。
浦川原区坪野へ行った時はびっくりしました。宣伝カーを走らせていると、前方に見たことのある人がいるではありませんか。吉川区のHさんです。Hさんは風景写真を撮るために、わざわざ坪野に来ていたのです。車を降りて挨拶すると、そこにはもうひとりカメラマンの方がいました。ふたりとも雪の中の柿の木をねらっていたのです。「いいのが撮れました?」と声をかけると、「撮れた。朝からずっと待っていたんだ」という言葉が返ってきました。
私もきょうは何枚か撮りました。下の写真は安塚区の直峰城です。浦川原区横住から安塚区に抜けていく途中、牧野峠で撮りました。安塚区に配布するビラを作成するときに使いたいと思ってカメラを向けたのですが、左奥にわがふるさとの山、尾神岳が見えていて、うれしくなりました。
次は宣伝カーの運転手さんから撮ってもらった写真です。場所は安塚区の「朴ノ木」です。夏場には何回か行ったことがある所ですが、雪がある季節では初めての訪問となりました。1メートル50センチから2メートルくらいだと思いました、積雪は。今年はまちがいなく山雪型ですね。
明日は上越市の賀詞交換会です。その後、夕方からは吉川商工会の新年会に出席します。
上越市の新年祝賀会のオープニングアトラクション。市内のコーラスグループのみなさんが「BELIEVE」、「妙高山に」、「大地讃頌」の3曲を披露してくださいました。私は舞台に近いテーブルのところにいましたが、もう少しで、「アンコール!」と言ってしまいそうなほど素敵な合唱でした。
この合唱での1曲目は「BELIEVE」。びっくりしましたね、JCV(上越ケーブルビジョン)の「つばめステーション」で司会をしている北井さくらさんが手話でこの歌を表現してくれたのです。手の動き、顔の表情を中心にしながら体全体で表現する姿は感動的でした。手話で歌詞もリズムもここまでできるとはすごい。
きょうは市役所の仕事始めでした。新年祝賀会の後、木田庁舎などで挨拶まわりをし、地元へ戻りました。恒例となった吉川商工会の新年懇談会に参加するためです。区内の団体代表や商工会会員など約50人が集まり、酒を飲みながら意見交換をさせていただきました。
昨日から4年前にも使ったオレンジ色の防寒着姿で街頭に出ています。朝は7時から約1時間にわたり消費税増税反対ののぼりを立てて訴え、朝食後は宣伝カーに乗り込み、このスタイルでまわっています。
この格好ならどんなに寒くても大丈夫だと思っていたのですが、今朝はきつかったです。横殴りの風が吹き、顔に雪がバシッ、バシッと当たる。メガネには雪がくっつく。まいりました。でも、何人もの人たちがクラクションを鳴らし、手をあげて励ましてくださり、元気が出ました。
私の姿を見てびっくりされる方もあります。牧区である商店に入ったところ、「あら、誰かと思ったら、先生かね。北極に住む原住民と間違えたよ」と言われました。もっとも、笑顔を浮かべながらですが。
朝から市政レポートの作成と印刷でした。レポートは1日号の再編集と8日号の新規作成です。1日号は「出来るだけ各区ごとの写真と記事を」と意識して再編集しました。これが思った以上に時間を要しました。印刷するのはB4サイズのコピー用紙の表裏ですが、作成したページ数は10ページにもなりました。1枚のチラシを作成するのに2ケタ分のページを用意したのは初めてです。写真は新年の5日間の活動を通じて撮影したものを使ってあります。読者のみなさんにとって、市政レポートはこれでぐんと身近になったのではと思います。下の写真は浦川原区向けに作成したレポートで使用した虫川大杉です。
印刷後は新聞屋さんへのレポートの届けと現地調査でした。現地調査はアンケートに記入された要望個所の確認です。安塚区安塚での外灯設置要望と大島区熊田の道路改良要望の現場を見てきました。このうち、大島区の要望は、「大雨が降ると集落地内の三差路側溝から水があふれて県道沿いが川の様になり困っています」というものでした。現場は雪に覆われていて、側溝も確認できませんでしたが、近くに住む人から実情を聞くことができました。地域からもこれまで関係機関に要望があげられているけれども、なかなか実現できないでいるとのことです。なぜそうなっているかも含めて継続して調査して、行政に働きかけます。下は現場の写真です。
きょうは一日中、雪でした。だんだん、豪雪パターンになってきたような気がします。
ここ数年、「しんぶん赤旗」日曜版がない週であっても、市政レポートを発行しています。休むと、どういうわけか次に書く時に普段以上のエネルギーを必要とするのです。というわけで、今年も作成しました。記事にしたいものは年末年始の行動でいくつもありますので苦労しませんでしたが、印刷でつっかえてしまいました。
今号もレポートは2ページです。片面刷って、あまり時間をおかずにもう片方を印刷したのがよくなかったのでしょうか、ミスプリが次々と出てしまったのです。途中で気付いて、ミスプリのものをはねる、あらたに印刷する、そういった作業をやっていたら新聞屋さんに持ち込む制限時間がせまり、大慌てとなりました。
昨日は除雪機の修理もしました。ここまで除雪せずにがまんしてきたのですが、限界でした。農機具屋さんにアドバイスしてもらい、自力で修理です。なんとか動きましたので、「よくやった」と満足しています。除雪したお陰で、きょうのサイの神の準備(秋に町内会の人たちが刈ったかやがわが家の牛舎に入っているので、それを運びだせるようにすること)もできました。
印刷で苦戦した市政レポート1535号と「春よ来い」第185回「ネコと一緒に」をHPにアップしました。ご笑覧ください。
恒例となった川谷冬まつりでした。今回は法政大学学生、OB、米米クラブから大勢参加があり、昨年よりも賑やかな祭りとなりました。まず、体育館で餅つきと懇親会です。三本の杵でついた餅の味は最高です。雑煮、黄粉モチともおいしく、おかわりをしました。
懇親会では地元の人たちや学生さんたちと話が弾みました。7月30日の豪雨の際、川谷地区の被害状況を知りたくて私のブログを読んだという人が何人もいて、うれしかったです。
グランドではサイの神の前で記念撮影。今年は「法政米米クラブ」と「川谷冬まつり」の旗が作成され、とてもにぎやかな感じとなりました。「法政米米クラブ」の字は高倉さんという学生さんが書いたといいます。旗の色が白い雪と合いますね。
続いて、雪積み競争、宝探し、玉わり競争、じゃんけんゲームなどが行われました。雪の中から宝を探すゲームでは、チョコやビールの缶、などのほか「金一封」があるといううわさが流れ、執念を持ってさがしていた人がたくさんいました。楽しさいっぱいのまつりでした。写真はじゃんけんゲームです。
サイの神は午後2時過ぎに点火しました。風もなく、煙は上へとのぼっていきました。私は点火後10分ほどでさよならし、地元町内会のサイの神に合流しました。こちらは午後3時が点火です。ちょうどうまい時間帯に到着しました。カヤは十分乾いていたし、竹はポンポンはね、音が響きました。
下火になってからは恒例のスミ塗りでした。逃げる人をつかまえ、強引にスミを塗る。「わー」とか「ぎゃー」とか言いながらみんな楽しそうでした。私も塗られてしまいました。
雪原は太陽光線によって様々な模様を見せてくれます。きょうの午後、柿崎区を訪れた時もそうでした。美しい雪模様のいくつかをごらんください。
きょうは、私が少年時代からお世話になってきた元源郵便局長の山崎文治郎さんの葬儀があり、品和亭での謙信勝負飯もありました。その後は街宣、党会議と続きました。
会議が終了してからは、NHKスペシャル、「日本復興のために」を見ました。大震災後の復旧の遅れ、アンバランスと大企業の利益など学ぶことの多い番組でした。とくに、京都大学の岡田知弘教授の視点と分析がよかったです。
昨日、街頭宣伝で柿崎区水野へ行ってきました。米山寺からしばらく行って、坂道になると、上の方から道路一面に水が流されています。こういうやり方で冬期間、道路を確保しているところは市内では南高田方面の集落や吉川区などにもあります。でも道路の延長はここが市内で一番だと思います。
昨日は朝から夜11時過ぎまで辻立ち、議員団会議、宣伝行動などと続く行動があり、ぐったりでした。そんななかで友人から電話やメールがいくつも来ました。テレビニュースに私が出たので懐かしくなったり、うれしくなったりして電話をくれたというのです。なかには「私も食べてみたい」というのもありました。9日の謙信勝負飯に参加しただけで、こういう反応があるとはうれしいことです。
さて、昨日は久しぶりにネクタイを一本購入しました。ここのところ、身につけるネクタイの色はどちらかというと地味なものが多く、もう少し明るいネクタイがほしかったのです。というよりは、選挙ポスター用の写真を撮る時にどれにしようかと思ってみたら、気に入ったものがなかったのです。そこで薄黄色のネクタイを購入しました。このネクタイをつけた写真は近いうちに紹介できるでしょう。
大島区町内会長連絡協議会がこのほど大島区地域協議会に要望書を提出しました。総合事務所のあり方についての検討は、もっと大島区内の現状や住民の意見を尊重して検討するよう、市に強く働きかけてほしいというものです。
この要望書は先月28日に行われた大島区町内会長会議で出された意見をもとにまとめたもの。「大島区は、高齢者が多く、豪雪地のうえ災害が多く、地元に専門の職員がいなくなったとき、最も大事な初動の対応ができるのか」「大浦安をモデルとする理由は何か。やり易いからモデルにするのか」「行政サービスが落ちることはないとの説明ならば、大きなブロックで実施すれば効果が大きい」「市全域で同時に実施すべき」「今日聞いて、3か月後に実施とは住民無視もはなはだしい。市長公約の住民がど真ん中はどこに消えたのか」「住民への説明もなく、意見も全く無視したことには絶対反対をする。このままでは住民の反対運動が拡大する」「市長の説明、または住民の声を聞く公聴会の開催を強く望む」「町内会長の立場で、町内会の住民に説明ができない」などの意見が書き込まれ、「現在の状況下ではこの試行計画には絶対反対していくことに至りました」とあります。
こうした要望書は安塚区でも提出されていることはすでにお知らせしたとおりです。行政主導で進めてきたことのつけがここにきて一挙に噴き出した感じになりました。市では、来週中には大島、浦川原、安塚区の地域協議会の幹部と話し合いに入りたい意向のようですが、今回の動きの底流には地域事業費制度の見直しなどへの不信感が横たわっています。簡単には解決への道が開けないでしょう。
きょうは、写真屋さんへ行き、ポスター写真を撮り、出来上がったところで印刷屋さんへも行ってきました。来週前半には出来上がってくるものと思います。写真は53枚も撮り、そのなかから12枚の候補を選びました。下の写真は12枚の候補のひとつです。バックの色との兼ね合いなどから、最終的に1枚にしぼります。
油を使わない卵焼きを初めて食べてみました。長峰温泉ゆったりの郷で試作中のものですが、ふっくら感があってなかなか美味しい。油を使わない分、当然のことながらカロリーも少なくなっています。関係者の話によると、油を使わないためにスチームコンベックで焼いた(蒸したといった方がいいのかも)ということです。ただ、この方法だとお焦げはできません。残念ですが。
きょうも昨日同様、強い降雪が続きました。道路は国道も洗濯板のようになっていて走りにくかったですね。
先日の川谷冬まつりの際、旧校門前の坂でソリ遊びをしている子どもたちがいました。その様子を動画でアップしました。
昨晩書き忘れたことをひとつ。昨日のマスコミ報道によると、「原発事故発生時の被ばく対策見直しを検討している内閣府原子力安全委員会の分科会は12日、甲状腺被ばくを防ぐ安定ヨウ素剤を、原発から半径30キロ圏内の各家庭に事前配布することが有効とする提言案を示し、安全委は、今後予定している原発事故対応の防災指針改定に盛り込む方針」(毎日新聞)といいます。
これは東京電力福島第1原発事故の際、ヨウ素剤を保管していても機能しなかったことを反省しての対応です。事故前から家庭常備を主張してきたものとしては歓迎します。上越市では現在、市立診療所、総合事務所など10箇所に約14万錠の安定ヨウ素剤を保管していますが、服用前に放射性物質が到達してしまう可能性がありました。今回の新方針で、ようやく解決されます。
このところ、朝からあくびばかりしています。疲れがなかなかとれないのです。きょうも朝5時から「しんぶん赤旗」日刊紙の配達、市政レポートの印刷、「しんぶん赤旗」日曜版の配達、選挙関連会議と続きました。家に戻ったのは午後8時半過ぎでした。
新潟県が豪雪対策本部を設置し、上越市は大雪警戒対策本部を設置しました。山間部では積雪が3メートルを超えるところも出てきました。中郷区では災害救助法適用基準を超え、法適用されました。私の生まれた大島区竹平でもほぼ3メートルの積雪となっています。
これだけの積雪ですから、もちろん除雪車もフル回転です。私がお昼前に竹平へ行った時、除雪車がとまっていました。チェーンが擦り切れていて、その修理をしている最中でした。
昨日の柏崎刈羽原発の視察については22日付けの市政レポートでお知らせします。
きょうも雪でした。予定を変更して午前中は除雪です。牛舎、家周辺などの除雪で約2時間半、作業を行いました。除雪機はお陰さまで順調です。
午後から市政レポート作成のための取材、議会報告と続きました。議会報告は柿崎区でした。私のほか、地元の2市議も報告しました。聴衆はほとんど初めての人たちです。私は最近の行革の動き、原発問題を中心に報告させてもらいました。あとで感想をお聴きしたところ、3人の個性が出ていて面白かったと言われました。
夕方、妻と一緒に柏崎へ。突然の訪問に柏崎の義母は大喜びでした。妻も久しぶりに母親と話ができて満足したようです。それにしても、雪は柏崎もかなり降っていて、道路状況はよくありませんでした。
市政レポート1536号、「春よ来い」の第186回、「三分間の交通誘導」をアップしました。
今朝の最大の関心事は、「春よ来い」の第186回「三分間の交通誘導」に書いたWさんと会った時、どういうことを言われるかでした。7時25分過ぎ、いつもの三叉路にやってきたWさんは私に向かって、「おはようございます。ほめていただいてありがとうございました。これから三分間のお勤めをさせてもらいます」。ああ、よかった。私の書いた文章を快く受けとめてくださったのです。昨日は寝ているうちにお連れ合いの友人の方から電話があり、「すごい反応でびっくりした」といいます。昨日の朝刊に折り込んだ私の市政レポートを読んでくださった方も多かったようで、朝の挨拶をしている私にたいするドライバーの人たちの反応もこれまで以上のものがありました。わざわざ、車の窓を開けて挨拶をしてくださる方も何人かありました。ありがたいことです。
きょうは午前に市議会第三セクター特別委員会の勉強会を傍聴した後、平良木議員とともに中郷区へ行ってきました。災害救助法の適用を受けた同区の積雪、総合事務所の対応などがどうなっているかを視察するため出かけてきたのです。総合事務所長等の話によると、今回の大雪で、一日に105センチも降った日もあったといいます。年前に屋根の雪下ろしを2回ほどやった家がほとんどでしたが、私たちが出かけたきょうも、屋根に上がって雪下ろしをしている姿がいくつかありました。写真は総合事務所に近いところと稲荷山というところで撮ったものです。
選挙用ポスターの原案が出来、そのチェックに出かけてきました。数日前に印刷屋さんに写真を持ち込んだ時、「4年前とほとんど変わりがありませんね」と言われ、うれしかったのですが、顔写真を拡大してみると明らかに変化(正確には老化)していることがわかりました。顔の表面のつやつやがなくなり、月面クレーターがあちこちにできていたのです。
原案をTさんと二人で検討しました。複数でチェックするといいもんですね。ひとりでは見過ごすこともチェックできますから。ネクタイの結び目がよく見えにくくなっている。文字の幅が広すぎる。もみあげがとんでいる。月面クレーターは……、まあ、しょうがないか。いくつかの手直しポイントが見つかり、直して完成するのは3日後です。他陣営はすでに昨年の秋ごろから室内用を貼りだしていますから大幅な遅れですが、これから大急ぎで活用していきたいと思います。
きょうはうれしいこともありました。私が30代前半の頃、お世話になった人と数十年ぶりに会い、応援を約束していただいたのです。訪ねた時には、足の状態が悪く、ベッドで寝たままでしたが、私の顔を見るなり涙ぐみ、私の手を強く、長く握ってくださいました。私が市議になり、テレビなどに出ると、「この人は私のよく知っている人だ」と「自慢して来た」と言われ、うれしくなりました。「動けないけど電話ならできる。友だちいっぱいいるから電話するよ」とも言ってくださいました。
きょうは晴れ。朝から夕方まで晴れて、一日中、青空が広がっていたのは今年初めてです。こんな素敵な天気なのに家の中での仕事ではもったいないです。午前中に原稿書きをし、午後から宣伝カーに乗って動き回りました。
何枚か撮った写真の一部を載せましょう。最初の写真は大出口川のそばで撮った米山です。黒いのは、大出口川から飛び立った鳥です。カラスではなく、首の長い鳥でした。
2枚目は牛舎脇で撮りました。いまから20数年前、叔父がくれたキハダの木です。大きくなって、10メートルくらいの高さになりました。黒い実がついているのがわかるでしょうか。
晴れてはいましたが、外はけっこう寒かったです。日当たりの悪いところではツララが下がったままでした。写真は大島区の菖蒲西で撮ったものです。
今月は労働組合などの旗開きがいくつもあります。今晩は上越地区労連の旗開きでした。毎年のように参加しているので、顔なじみの人が多いのですが、今回は若い人の姿が目立ちました。労働組合の幹部も替わっていくんですね。組合ごとの自己紹介があり、そのなかで平成元年生まれの人がいて、会場では「わー」という声が上がりました。組合運動の担い手もいよいよ平成生まれの人が登場してくる時代になりました。
旗開きでお酒を飲んだので、帰りは電車でした。その電車には旗開きで一緒だったSさんもおられました。Sさんは私のブログを読んでいてくださる方で、興味深いことを教えてもらいました。つい先日、浦川原区にある天然記念物の虫川大杉の大きな枝のひとつが雪のため折れて、落ちたけれども、「落ちる前の大杉の最も新しい写真は橋爪さんが撮ったものではないか」というのです。私が撮ったのは1月3日午後2時4分から6分までの間です。「落ちる前の大杉の最も新しい写真」かどうかはわかりませんが、3枚撮りましたので、大事にしておきたいと思います。
きょうは市政レポートを印刷した後、三和区など市の南部へ行ってきました。市政レポートのポスト下ろしと特別号の取材です。市議会議員選挙の新たな情報も得ることができました。
大島区、浦川原区、安塚区でこの4月から予定している産業建設グループの集約化試行は見送るべきだ。13区選出の15人の議員が本日午後、村山市長に申し入れを行いました。
すでにお知らせしたように、大島区、安塚区の地域協議会や町内会長連絡協議会は今回市が予定している試行について、「住民の意向をくんでいない」「過疎化がますます進行する」などとして強く反対しています。今回の市議の申し入れは、こうした動きに応じたものです。
申し入れでは、「昨年3月の長野県北部地震や7月末の豪雨災害などを体験された被災者からは、総合事務所職員の体制強化を望む声が多く聞かれます。このような中での産業建設グループの集約は、市民の不安を増大させる」として2項目の要求をしました。1つは、地域住民が頼りとしている総合事務所のあり方など組織機構の見直しを進める場合は、13区に暮らす人たちの理解が十分得られることを前提とすること。いまひとつは、該当区の地域協議会委員と町内会長には説明されたが、地域住民の理解を得ていないことに併せて、サービス低下を招かないための体制が明確になっていないことから、今年4月1日からの実施は見送るべきだということです。
応対した村山市長は、「市議の皆さんからは応援していただけるものと思っていた。地域協議会や町内会長さんたちが理解してくださらないというなら、私が直接出向いて市民のみなさんから分かってもらうしかない」などとのべていました。昨日も総務管理部長や人事課長などが関係3区の地域協議会会長などを説得にあたりましたが、溝は埋まりませんでした。市長が市民のなかに入っていくことはいいことですが、説得しに行くのではなく、しっかりと市民の意見や気持ちを聞き、キャッチボールしてきてほしいものです。
ああ、運が良かった。ある家を訪問したところ、家の中からおばあちゃんたちの賑やかな笑い声が聞こえてきました。そっと、戸をあけると、お茶飲みの真っ最中でした。テーブルの上には漬物が置いてあり、すぐそばのストーブでは「やきもち」を焼いていました。
昔の「やきもち」のようになざらっぽい粉ではありません。きめ細かな米粉で出来ていて、たべやすい。「ばあちゃんへの土産にしてくんない」と言われ、3個もいただきました。私が食べた「やきもち」は餡子入り、おいしかったです。
昨日、区内に住む従弟からメールが来ました。辰年にふさわしいチェンソーカービング作品ができたという知らせです。近々、彼が住む町内会のセンター脇のトラやウサギなどの作品とともに展示されるといいます。とりあえず、従弟が送ってくれた写真で紹介します。
昨日、高田で行われた上越民主商工会の2012年青旗開きに参加してきました。そこでは挨拶させていただき、同会が昨年、住宅リフォーム促進や仲町オリエンテーリングなどの活動で地域経済を活性化させた取り組みを評価するとともに、今年、最大のたたかいとなる消費税増税反対運動などで共にがんばろうと訴えました。もちろん、市議選のことも訴えさせてもらいました。
青旗開きでは吉川区の会員さんや同級生の大工さんなどと久しぶりに会いました。青旗開きにはほぼ毎年参加していますが、今年は選挙年ということもあって、たくさんの人たちから激励されました。うれしかったですね。次の動画は青旗開きで吉川区小苗代の金子悦夫さんが歌った「俵積み唄」です。のびのびとした、すばらしい声、ほれぼれとして聴きました。金子さんのこの唄は以前から、いつか動画で撮りたいと思っていました。
きょうは穏やかな一日でした。1月も下旬となり、市議選をたたかう各陣営の動きが賑やかになってきています。私の地元、吉川区へは柿崎、大潟、三和などから立候補を予定している人が次々と入り、宣伝・組織活動を強めています。私も負けてはいられません。きょうは朝から夕方まで動きました。今晩は、これからビラ作りの準備です。
市政レポート1537号、「春よ来い」第187回「母のやけどあと」をアップしました。
原発問題住民運動新潟県連絡センターがこのほど、「原発ゼロの新潟へ、行動を呼びかけます」という訴えを発表しました。原発ゼロを求める世論が広がるなかで、新潟から全国へ、原発ゼロ、柏崎刈羽原発の廃炉・再稼働反対の運動のいっそうの展開をよびかけたものです。
このなかで柏崎刈羽原発の3つの大きな危険について書かれています。その部分を紹介します。
1、中越沖地震で甚大な被害を受けた原発
中越沖地震によって、柏崎刈羽原発は3665件の事故・故障が発生しました。直下型地震は、柏崎刈羽原発の耐震基準を大きく超え、1号機では原子炉建屋基礎地盤で耐震設計値の1.5倍を観測しました。地震当日、2号機では水位を調節するポンプが故障し、かろうじて全号機が冷温停止したのは21時間後、一歩間違えば冷却できず爆発の危険もある状態でした。使用済み核燃料貯蔵プールから放射能を含んだ水があふれ出し、原子炉圧力容器の蓋をつり上げるクレーンが壊れました。さまざまな配管や施設が深刻な損傷を受けたのが柏崎刈羽原発です。
2、原発直下、敷地内に活断層が存在する原発
中越沖地震の震源とされるF-B断層は50キロから60キロの長さがある活断層であり、その断層は柏崎刈羽原発直下まで達していると指摘されています。この活断層の地震の規模はマグニチュード7.5級にもなります。また、原子炉直下にはα(アルファ)・β(ベータ)断層などの活断層が存在します建屋直下の断層が規模が小さくても動いたら、その上に立つ原子炉やタービン建屋が影響を受け、事故につながります。
3、世界一の集中立地、30キロ圏に80万人が住む原発
福島第一原発事故では、放射性セシウムで広島原爆168個分の放射性物質が放出されました。世界一集中立地の柏崎刈羽原発で、福島第一原発のような事故が起きれば、その被害は福島を超えます。柏崎刈羽原発は、日本の原発の中で人口密集地域にある原発です。県防災計画素案が避難準備区域としている30キロ圏内の自治体には80万人が生活しています。事故が起きたときに80万人が避難することは到底できません。
私の耳に入ってきた情報によると、これらの危険について、つっこんだ分析をしている研究者の論文も近々発表されるといいます。早く読んでみたい。
夕方、国道253号線、県道新井柿崎線を車で走った時、すごい靄でした。県道新井柿崎線沿いにある気温表示は何とマイナス7度。急激に冷え込んだようです。当然のことながら、道はガチガチに凍り、とても滑りやすい状態です。スピードを出せば危ないと思い、時速40キロで走行しました。
きょうはビラ作りのための取材であちこちへ行きました。午後からは青空も広がりました。写真は大島区の秋葉山です。
外は荒れている。こんなときの楽しみは近所の人とのお茶飲み会です。昨日はそうしたお茶飲み会でご馳走になってきました。こたつに足を突っ込み、持ち寄った食べ物を食べ、おしゃべりをする。楽しくて、帰りたくなくなりました。テーブルの上のごっつおとおしゃべりの雰囲気を写真で感じとってください。いいでしょう。
昨日の午後から雪が激しく降っています。きょうは午後2時過ぎまで除雪、市政レポート作成作業をやった後、ビラのポスト下ろしのため、雪道を3時間ほど走りました。どこもアイスバーンになっていますが、気温はマイナス2度(青野十文字付近、午後3時30分頃)でした。気温が上がると、凍った雪が崩れ、道はデコボコになります。これから数日間は悪路となるでしょう。写真は三和区川浦付近です。
三和区から牧区へ行く途中、幻想的な風景と出合いました。雪の中から太陽が出ようとしたのです。岩の原葡萄園の上空でした。
きょうは昨日に続いてJRのダイヤも乱れたようです。電車を利用して通勤している妻はバスを乗り継いで出勤しました。午前7時過ぎ、原之町の田中輪業さん脇の三差路で朝の挨拶をしていたら、バスの中からニコニコしながら手を振っている女性がいました。私の妻でした。
新潟市在住の研究者、大野隆一郎先生から「おこるべくして起こった福島第一原発の事故」という論文を送っていただきました。これは地学団体研究会の『地学教育と科学運動』66号に掲載されたもので、中越沖地震の時に発生した柏崎刈羽原発の事故のもととなった活断層の存在や福島第一原発事故との関連などについて書かれた貴重なものです。
私が読んで注目したことのひとつは、柏崎刈羽原発の至近距離にある活断層、寺尾断層の存在です。東電は、原子炉施設等の主要構造物の基礎となる岩盤は十分な支持力があり、敷地とその周辺には活断層の存在は認められていないとしていますが、論文は「寺尾断層は椎谷層を切る断層内に安田層中の腐食質泥炭層を巻き込んでおり、断層角礫を含む破砕帯を伴った乖離型断層である。各地層の変位状況から断層は複数回起こったことが推察され、一番新しい活動は4.6万年前頃に堆積した番神砂層を切っていることから、それ以降、動いたことになる。この断層を東電が主張する地すべりによる滑動面であるとすると、断層面の傾斜から判断して現地形の高い方に滑ったことになり、重力の法則に反するという矛盾を生じる」と言い切っています。
そしていまひとつ、「柏崎刈羽原発のトラブルは福島第一原発の事故とあまりにも共通点が多い」「地震発生から津波が福島第一原発を襲うまでに56分の時間がある」「原子炉や配管などが地震の最初の一撃でダメージを受け、津波が襲来する前にすでに炉心溶融(メルトダウン)が起こり、格納容器などに重大な破損をきたし、内部から高濃度汚染水が流失していた可能性が高い。東電および国は真相に蓋をせず、徹底した事実の調査と検証を行い、結果を公表しなければならない」と書かれている点も注目しました。
この論文とともに大野先生が同封してくださった手紙には、「4年半前の中越沖地震でトラブルを起こした柏崎刈羽原発が福島第一原発のようなシビアアクシデントに至らなかったのはほんとうに不幸中の幸いでした。トラブルの内容はほとんど同じものでした。まさに紙一重だったのです」とあります。この事実をもっと多くの人たちに知ってもらい、すべての原発を止めて再稼働させない運動に役立てたいものです。
本日、上越市に災害救助法が適用されました。地元の吉川区総合事務所では、要援護世帯の安否確認などが行われていました。私は朝5時から活動をスタートさせ、「しんぶん赤旗」の配達をしながら、浦川原区、大島区、吉川区を視察しました。いずれも昨日までの降雪で道路も民家も雪で大変な状況となっていました。写真は大島区大島での除雪作業と同区深沢地内の積雪状況です。
各地の積雪状況ですが、市内の観測点で最も積雪の多いのが清里区の旧青柳分校で4㍍17㌢、次いで牧区棚広新田が3㍍94㌢、3番目が安塚区須川の3㍍80㌢となっています。私の地元、吉川区では坪野で2㍍25㌢、総合事務所で1㍍20㌢です。またきょう出かけた大島区竹平では積雪が3㍍85㌢を記録しています。
ここ数日の日記で大事なことを書き落としていました。日本共産党上越地区委員会が27日、豪雪災害対策本部を設置したことです。本部長は伊藤誠地区委員長、副委員長は新保峰孝糸魚川市議、渡辺幹衛妙高市議、そして私です。
この本部設置は上越地区3市の市民の安全と暮らし、営業を守ることを目的としています。本部設置とともに、市内の降雪状況、市民の要望の把握などを党員に要請し、活動をスタートさせました。どうぞ遠慮なく声をかけてください。連絡先は日本共産党上越地区委員会事務所、電話025-543-1890です。
すでに雪崩の危険個所の指摘や屋根の雪下ろし等についての要望などが寄せられています。私はきょうも、市内各地で状況把握に努めます。
災害救助法が上越市に適用されて2日目。市では、要援護世帯の安否確認や県が取り組む重機貸し出し制度の利用希望調査などを行っています。私は午前9時過ぎから吉川、柿崎、大島区の山間部を宣伝カーで回り、「お困りのことがあればお知らせください」と話してきました。また、町内会長などから集落内除雪の状況などをお聞きしてきました。
宣伝カーで私の声を聞いて、手を振ってくださる方や私の携帯に除雪に関する要望を寄せてくださる方がありました。また、町内会長さんなどからは、「いっときも早く重機を投入してほしい。体の不自由な人が必死になって家を守ろうとしているケースもある」「高齢化が進んで集落を維持することがたいへんになってきている。集落全体を救助してほしい」などの声が寄せられました。
写真は上から柿崎区東横山、吉川区上川谷、大島区竹平です。
市政レポート1538号、「春よ来い」の第188回「踊りびと」をホームページにアップしました。
昨日は日本共産党の豪雪災害対策本部で清里区へ行ってきました。視察地としてここを選んだ理由は、28日段階で市内観測点中最高積雪を記録している(4㍍17㌢)こと、18豪雪の際、市内で一番早く県の重機貸出を利用して集落内除雪をやった町内会(東戸野)があることです。
青柳へ行って感じたのは冷え冷えしていることでした。雪はサラサラでまさにパウダースノー、ズボンにも簡単にくっつきます。ただ、午後から青空がでたこともあって、雪はしただまってきていました。積雪量の観測点がある旧青柳分校を訪れたのは市議になってから3回目です。一階が雪ですっぽりと埋まっていて、屋根雪がいつもよりも重く感じられました。
一昨日から竹島県議などを通じて県防災局との間で議論を続けています。それは、災害救助法の適用に伴う除排雪の対象世帯を狭めかねない事態が進行しているからです。県から市町村にどういう働きかけがあったのかわかりませんか、例えば、上越市内では、「今回は自らの資力労力によって除雪を行うことのできない要援護世帯の生活確保に係るもののみが対象」(頸城区総合事務所など)という文書が町内会長にファックス送信されています。しかし、「資力及び労力」があるかないかの判断は、日本共産党国会議員団の問い合わせに対する厚生労働省の見解、「危険が生じているのに除排雪できない状況そのものが『自らの資力及び労力によっては除雪を行うことができない』ということであり、救助の対象となる」で明白です。住宅の倒壊などによって重大な事故が起きないうちに、この豪雪下、「現に除雪を行うことができないでいる世帯」すべてを救助すべきです。
日本共産党県委員会は、この問題で、きょう、県当局に対して要望書を提出することにしています。
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