前々回の水曜日から「しんぶん赤旗」日刊紙に明治大学教授・池田功さんの「啄木日記を読む」というタイトルの連載が始まっています。週1回の掲載ではありますが、興味深く読んでいます。
きょうは第3回で、石川啄木とかかわりのあった森鴎外、木下杢太郎の日記との比較してどうかということが書かれていておもしろい。一言でいうならば、几帳面。啄木の日記は二人の文学者に比べて、ありのままに事細かく書かれているのが特徴です。たとえば、明治40年の大晦日の日記のなかに次のような文章があります。「夜となれり、遂に大晦日の夜となれり。妻は唯一筋残れる帯を典じて一円五十銭を得来れり。母と予の衣二三点を以て三円を借る。之を少しづつ頒ちて掛取を帰すなり。さながら犬の子を集めてパンをやるに似たり。かくて十一時過ぎて漸く債鬼の足を絶つ。遠く夜鷹そばの売声をきく。多事を極めたる明治四十年は『そばえそば』の売声と共に尽きて、明治四十一年は刻一刻に迫り来れり」。この時は小林多喜二も小樽にいたのですが、啄木の生活ぶりがよくわかって参考になります。
池田さんの文章に触発されて「啄木の日記」を読み始めたら、あっという間に1時間が経ってしまいました。私はこれまで啄木の日記をほとんど読んでいません。今度、時間をつくって読もうと思います。ちなみに、今回の連載を書いている池田功さんは上越市吉川区の出身です。