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2003年07月投稿分

2003年07月31日

まちづくり基本条例で視察受け入れ第1号

 よく考えてみたら、今年は牛舎の中の大きな扇風機をフル回転させたのは、まだ2回ぐらいしかありません。いつもの夏だったら、3台の扇風機を昼も夜もぶんぶんとまわしているのですが、今年は1台まわしているだけです。やはり、冷夏なんでしょうね。
 さて、きょうは、午後から町役場でお客さんをお迎えしました。北海道は登別市から市議会総務常任委員会の一行8人の皆さんが、当町のまちづくり基本条例について視察研修したいということでこられたのです。3月にこの条例を制定して以来、全国のいろんなところから問い合わせや資料請求が相次いでいますが、実際に吉川町にまで足を運んでくださったのは、登別市議会の皆さんが初めてです。
 私の方から吉川町まちづくり基本条例の特徴、制定の経過などについて約20分ほど説明し、意見交換させていただきました。登別市議会の皆さんは、当町の条例が議員提案で上程されたことをご存じなかったようで、議会で取り組んだワークショップや町民の皆さんとの地域懇談会の内容に興味を示されました。
 「男女共同参画が入っていないまちづくり基本条例は時代遅れだ、とある女性に指摘され、まちづくり基本原則を見直した」との私の報告には、女性の議員、事務局書記の方がうなづいておられました。また、「外部に出しても恥ずかしくないようなものに整理すべきだ、との町民の声もあった」と私が言ったら、全員爆笑。
 視察を受け入れた場合、ありがたいのは、こちらの議会では気付かなかったことを指摘してもらったり、なかなか解決できないでいる問題のヒントをもらったりすることが多いことです。今回も、子どもたちにこの条例をどう知ってもらうか思案しているところですと言ったら、「子どもたちにも加わってもらって条例の中身を知らせる文章を考えたらいかがでしょう」という提案をしていただきました。


2003年07月30日

デイ・サービスセンター〝あじさいの家〟は今…

 季節の変わり目なのでしょうか、昨日、一昨日とさわやかな天気だったのに、きょうは一転して雨。湿度も高く、梅雨に戻ったような気がしました。でも、本格的な夏、さらには秋に向かってまちがいなく動いています。おやっと思ったのですが、ススキの穂がもう出始めました。それに秋の花であるベニバナボロギクも咲き始めています。
 きょうは、以前から気になっていたデイ・サービスセンター〝あじさいの家〟を訪れてきました。気になっていたというのは、介護保険がスタートしてから利用者が急増し、サービスを提供するには様々な不便があるということを聞いていたからです。約30分間、特殊浴槽やトイレが足りないこと、お昼寝スペースが狭いことなどを自分の目で確かめ、介護職員などの説明を聞いて「これは何とかしないといけない」と思いました。
 改善しなければならないところの1つは、休憩室といったらいいのでしょうか、お昼寝をする畳をしいた場所です。ここがたいへん狭い。畳が12枚敷かれた場所に、最も多い時で、13人が昼寝をするのだそうです。年をとれば、お風呂にゆっくりつかって、昼寝をするのが何よりのご馳走です。その昼寝の場所が窮屈だというのはさみしいですね。ちなみに、ベッドを置く場所の確保にも苦労しているという話も聞きました。
 次は、お風呂です。私が訪ねた時は、ちょうどお風呂の時間でした。「はーい、次に入りたい人…、4人ですよ」。介護職員の元気で大きな声が建物全体に響いていました。問題なのは特殊浴槽、1台しかないのでフル回転しても間に合わないとのことでした。特殊浴槽を使ってお風呂を利用する場合、1人あたり約20分かかります。どんなにがんばっても1日に8人が限界、それを超えた時は切ない思いをしているそうです。
 トイレは男性用小便器が2つ、腰掛けるタイプの洋式トイレが2つあります。しかし、利用者のほとんどは後者を使いたがるとのことです。そのため、利用が集中するときには列ができ、なかには漏らしてしまうケースもあるとか。後者の洋式トイレ、なるべく早く増やしたいものです。
 〝あじさいの家〟は確か、1992年(平成4年)のオープンでした。私はオープン当日を含め、これまで10数回おじゃましてきました。定員が15名の時はもっと広々した空間があったように思います。同じ空間、広さの中で定員が25名になったのですから、様々な不自由・不便が生じるのは当然と言えば当然でしょう。問題は、そういうなかでどう改善するかです。
 〝あじさいの家〟と同じような課題を抱えていた、お隣の大潟町のデイ・サービスセンターでは補助事業を活用して改修した、との情報もあります。今度は、そこをよく見てきたい。


2003年07月28日

16分の臨時議会

 きょうは朝8時から臨時議会が開催されました。開会時間は、午前の場合、たいがい9時半からなのですが、今回は元議員の葬儀と重なるということで、急遽時間が変更されました。朝早くから開いた割には審議に時間があまりかかりませんでした。議場の時計を見ていたら、所要時間はわずか16分でした。
 議案は、一般会計補正予算、工事請負契約、除雪ドーザ購入契約の3件で、いずれも全会一致で承認されました。
 一般会計補正予算には、中央保育所の給食用回転ガマと冷凍冷蔵庫の購入費100万円、吉川小学校給食で使う食器洗浄器の修繕費15万円、それに町道の環境整備委託料371万円が盛り込まれました。予算総額は、今回の補正で37億944万円となっています。
 町側の説明によると、給食用回転ガマは故障したため、新しいものにする、冷凍冷蔵庫は腐食が進んでいるので、これも買いかえるとのことでした。食器洗浄器は、循環ポンプが故障し、水漏れしていたものをコーキングして使っていたけれど、限界がきて直すのだそうです。正直言いますと、これらの機器についてはこれまで使用していた実物を目で確認していないなかで賛成しました。審議が終わったいま、「自分は総務文教委員長なのだから、これくらいは見ておく義務があるな」と反省しています。町道の環境整備の中身は道路に覆いかぶさった雑木の除去で、尾神・川谷線、米山線、半入沢線を予定しているそうです。
 工事請負契約は町道入連坊線の第6次工事です。源建設と7770万円で請負契約を結ぶことを承認しました。今回の工事の中には大出口川を渡る橋梁の工事も入っているといいます。
 除雪ドーザは13トン級の汎用プラウ付です。10年以上経ったので更新するのだそうですが、市町村合併で除雪体制がどうなるかは誰しもが気になるところ。建設課長に質問してみたら、現在の制度・サービス調整の中で、除雪については機械も含めて基本的には現在の体制が踏襲されるとの答弁でした。先日、公表された財政シミュレーションでは、合併後15年間、ずーっと赤字続きでしたので、課長答弁どおりにいくかどうかは心配です。
 臨時議会が終わってから中沢隆雄元町議の葬儀に参列してきました。中沢さんは下中条の因速寺の住職でもありました。葬儀では、10数人のお坊さんが一緒にお経を読みましたが、境内まで大きな声が響き渡りました。
 中沢さんとは私が町議一期目のときからの付き合いです。中学教師から政治家へ転身した変り種の議員でした。中学教師時代は英語を教えていたとのことで、中国から英文で公文書が送られてきたとき、一緒に日本語に訳した記憶があります。
 いま思うと、当時は個性派議員が何人もいましたね。「国際人」といわれた大竹虎雄さん、農民魂をもっていた古屋秀夫さん、独特の風貌で根回しの上手だった小野新士郎さんなど……。もちろん中沢さんも個性派議員の一人でした。中沢さんのクセは、質疑に熱が入ってくると机をゲンコツでコンコンとやることでした。「いいかね、分かったかね!」。あの元気のいい発言をいま一度聞いてみたいものです。
 夜は、吉川北部農業集落排水処理組合の役員会。来月、総代会を行いますが、5年間務めた組合長職からやっと解放されそうです。


2003年07月27日

梅雨明け

 ようやく梅雨が明けたようですね。空の青さ、雲の白さが昨日までとはまったく違います。セミは前からポツポツ鳴いてはいましたが、きょうからは大合唱です。そうそう、もう赤とんぼが飛び始めました。さわやかな風も吹いています。おかげで、とても気持ちの良い一日でした。
 この梅雨明けを誰よりも待ち望んでいたのは稲作農家の人たちだったのではないでしょうか。数日前から早稲品種である酒米・五百万石が穂を出しはじめていましたから、もし、昨日までの寒くて、日照不足の日がこれからも続くようであれば、10年前のような冷害が発生しかねない状況でした。まずは一安心です。
 きょう、午前は東頸城郡牧村まで出かけてきました。来月下旬に行われる村議選の事前準備の手伝いが目的です。予定候補者の渡辺靖子さんは、ちょうど村民運動会に参加されていました。一周200メートルくらいの小さなグランドでは、玉入れ競争の真っ最中。大勢の村民がテントの中やトラックの周囲で声援をおくっていました。焼き鳥や焼きそばの売店まで出ていて、とてもいい感じの運動会でした。
 牧村からの帰り道は、山越えをして、浦川原村へ抜け出る道を初めて通ってきました。途中、棚田が広がっている場所があって、カメラにおさめたくなるような美しさに圧倒されました。おそらく、県内では屈指の棚田風景だと思います。驚いたのは、棚田の土手草がきれいに刈ってあることでした。草刈機を使ったことのあるものでないとよくわかりませんが、草刈作業は稲作のなかでも最もきつい仕事です。
 午後は、パソコンで資料整理をやり、その後、尾神岳まで出かけてきました。空気がとても澄んでいたので、尾神から日本海を望む写真を数枚撮りました。山から見える海の風景には、さまざまな思い出があり、近いうちに、このうちの1枚を使って写真付きエッセイを書きたいと考えています。
 


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