何となく落ち着かない一日でした。理由は一つ、明日で搾乳の仕事をやめるからです。私が中学2年生の時に、父が始めたわが家の酪農の歴史は明日で終わり、明後日からは単なる畜産農家になります。朝晩の搾乳から解放され、ホッとするにちがいない。そう思っていたのに、こんなにも気が重くなるとは思いませんでした。
2年ほど前から乳牛の更新を中止して、老牛の淘汰などで頭数を減らしてきましたが、ここに来て毎日の生産乳量がバルククーラー(搾った牛乳を冷やす機械)の限界点まで落ち込みました。県酪連の集乳車が来たあと、一回目の搾乳時に攪拌棒の羽が牛乳にあたらないところまで落ち込んでしまったのです。
入院中の農業委員会会長に、「明日で搾乳やめるんだわ」と言ったら、まだその時はこないと思っていたらしく、驚いた表情をされました。きょうは、町産業課、農協の堆肥センターなどにも搾乳をやめる連絡をしましたが、何か、転勤の挨拶をしに行ったみたいな気分でした。
夜は支部会議。党大会に参加した頸城村の上野法子さんから大会の模様を伝えてもらいました。大会の始まりから5日間、どんなことが議論され、どんな雰囲気だったか。代議員席がせまく、トイレにいくにもたいへんだとか、新潟市議の渋谷明治さんがまたもやタスキをかけて爆笑をよぶ発言をしたなど、じつに生き生きと報告してもらいました。青年の発言や不破議長の結語に感動したという話もよかった。おかげで昼間のもやもやした気分が吹き飛び、元気が出てきました。