朝早くから家畜商のOさんがやってきて、今後のわが家の牛飼いのあり方について話し合いました。肥育、肥育の元牛づくり、和牛の子とりなど、いろいろなケースが考えられますが、これまでの酪農経営で培ってきた技術を生かすなら、肥育の元牛づくりが一番良さそうだ、という点で一致しました。これは、酪農をやめることを意識し始めてからずっと考えてきたことでもあります。近いうちに、父も交えて最終的な判断をしていきたいと思います。
きょうはめずらしく会議のまったくない日。父や母から頼まれていた用事を中心に一つひとつこなしていきました。大潟町のある医院へ行ったら、待合室には風邪とおぼしき人がたくさんいました。はやり始めているのかもしれません。用心、用心。
さて、この度のシステム統合関連議案についてですが、頸北のある議員と話してみて1つの事実が判明しました。出所はどこだか、まだ正確にはわかりませんが、答弁マニュアルといったらいいのか、想定問答集が頸北町村の幹部の間に出回っていたのです。どおりで、あまりにも似通った文言での答弁がでるわけだ。ところがその議員と話をしてなるほどと思ったのですが、マニュアルの文言を意識して答弁しようとすると、かえってうまくいかなくなることがある。そこから矛盾が広がっていったようなのです。考えてみれば、私も原稿を用意して挨拶した時に、どう書いたか思い出そうとしてうまくいかなかったことがあります。それと同じことかな。
夕方から町政レポートの作成にかかりました。1週間は、あっという間にやってきますね。連載「春よ来い」は今回が4回目、一昨日の「見てある記」を元に原稿を整理しました。字数がほぼ決まっているので、短くするのにかなり時間がかかりました。この原稿は、推敲したうえで、25日の日曜日にホームページに掲載します。