16日になって、やっとお盆休みらしい一日を過ごすことができました。一昨日、東京で働いているヒサシ君とメールをやり取りし、同級生で一緒に遊ぶという約束をしていましたので、トラオ君をさそって3人で尾神岳のパラグライダー基地周辺でぶらぶらしてきました。
きょうは快晴で、遠くの海や県境の山々を望むことができる幸運に恵まれました。先日、顕法寺城址で、「吉川町からも佐渡島を見ることができる」ことを知りましたので、パラグライダー基地から米山方向を見ると、見えました、見えました、佐渡島が…。島の大部分は米山に隠れてしまいますが、小木町になるんでしょうか、島の一角がはっきり確認できました。
3人で尾神岳からの眺望をゆっくり味わいながら、おしゃべりを楽しみました。同級生情報を交換したり、昔話をしたりしたのですが、一番の話題になったのは海です。
「分校へ通っていたころ、分校の近くから海が見えたよね。あのころ、海が
はるか遠くにある感じがしたこて」
「そう、そう、遠かったよな。この世の果てがあの水平線の向こうにあるような
気がした。その海へなかなか行けなくて、いつかあの海に行ってみたい
という思いを抱いていたね」
「おらたりにも城山と呼ぶ山があってさ、そこから海が見えた。行きたかった
よね」
いまなら、車を30分も走らせれば海まで行くことが可能ですが、私たちの子ども時代は貧しかったですね。バスに乗ることだってめったになかったし、親に海へ連れて行ってもらうことが「許されない贅沢」だという自覚がありました。乗り物に乗らずに、歩いた場合、ものすごい時間がかかる。そう思っていましたから、海はあこがれてはいたけれど、遠い存在だったのです。
パラグライダーの基地から展望台へ向いました。年齢的には50代に突入しているにもかかわらず、歩いているうちに3人は、完全に「子ども」に戻ってしまいました。エゾゼミが遊歩道周辺の木々の中ではげしく鳴いています。子どものころ食べた木の実もある。自然と歩くスピードがゆっくりになります。私たちは耳を澄まし、目を輝かせて、あたりを観察しはじめていました。
「いたぞ、いた」。最初にエゾゼミの姿を発見したのはヒサシ君でした。トラオ君も私もそっと近づき、さがしました。
「どこ?」
「おう、あれか」
50代の「子どもたち」はもう夢中です。次々とセミを見つけると、3人で確認しました。そうこうしているうちに、偶然、飛んできたセミを私が右手でキャッチ、「ホーセはすごいなあ」とほめてもらいました。こうなったら止まりません。遊歩道の空間をスーッと飛んでいくオニヤンマを捕まえようと必死になりました。
展望台からの眺めは、まさに絶景でした。妙高、火打、焼山から信州との県境の山々、トッキン山、黒姫山、さらには柏崎の山々まで見えました。展望台周辺の雑木林は、すでに葉の色を変えはじめているものもあり、名前は分かりませんが、赤い実をつけた木やナナカマドの実が目立ちました。
「子どもたち」は、展望台から尾神岳の頂上へと歩くことにしました。ヤマブドウを見つけると、まだ緑色の実を口に入れ「ああ、すっぺ」。ミヤマツの木もありました。
「ミヤマツの木は、昔の場所にまだあるかねえ」
「ねえだろう、でも、別の場所にあると思うよ」
じつは、地元に住んでいながら私は、尾神岳は、展望台までしか登ったことがなく、頂上を目指すのは今回が初めてでした。途中で、キンミズヒキやツリガネニンジンなど夏に咲く野の花に出会いました。興奮したのは、薄紫色の大きな花を見つけたときです。ソバナです。まさか、尾神岳の遊歩道でソバナに会えるとは思いませんでした。花自体は知人の家の庭で見せてもらったことがありましたが、野に咲くものを見たのは、それこそ初めてだったのです。
頂上へと続く道はよく整備されていて、とても歩きやすいので感心しました。途中からはブナ林になり、森林浴もできます。展望台から20分くらい歩いたでしょうか、北側の雑木がなくなり、パッと明るくなる場所にでました。そこが尾神岳の頂上でした。頂上からは米山の姿がとても美しく見えました。7月から供用開始したばかりの柿崎川ダムも見えます。黒岩集落の家々の屋根が赤く塗られていて、頂上から見られることを意識しているようにも見えます。なかなか似合います。
3人は、その後、スカイトピア遊ランド(電話025-547ー2221。元の源小学校水源分校を改築した宿泊施設)で昼食をとり、また、おしゃべり。歩いて楽しんだ、いろいろなことを思い出し、「こんなに、いいところがあるなんて、うれしくなるよね、ほんとに」と気持ちが一致しました。そして最後は、やはり市町村合併の話になりました。この町は、絶対なくしたくねえ。